2007年03月13日

コンタクトレンズを落とした コンタクトレンズを落とした

1898年にはハワイ王国を軍事的恫喝にて併合し、またグアム、フィリピン、プエルトリコを植民地とした。その後ヨーロッパで勃発した第一次世界大戦にはイギリスやフランス、大日本帝国などとともに連合国側として参戦し、戦後はウッドロウ・ウィルソン大統領の主導によって国際連盟設立に大きな役目を担った。また、これにより他の戦勝国とともに5大国の一員として注目されることになる。

続く1920年代には都市部でバブル経済に基づく空前の繁栄「轟く20年代、Roaring Twenties」が起こるが、1929年10月29日ウォール街のニューヨーク株式取引所で起った株の大暴落「ブラック・チューズデー」がきっかけとなり、1939年まで続く世界恐慌が始まった。この世界恐慌は後にドイツやイタリア、日本などにおける軍事政権や独裁政権の成立の大きなきっかけとなっただけでなく、アメリカ国内においても労働者や失業者による暴動が頻発するなど大きな社会的不安を招いた。

1939年9月にヨーロッパにおいて開戦した第二次世界大戦においては、1941年12月の大日本帝国(現在の日本)による真珠湾攻撃の後に、イギリスやソビエト連邦、中華民国やオーストラリアなどが中心となって構成された連合国の一員として参戦した。しかし主な戦場から本土の距離が離れていたために、日本海軍機によるアメリカ本土空襲などの、数回に渡る日本海軍による西海岸への攻撃以外には本土に被害を受けることなく、事実上の連合諸国への軍事物資の供給工場として機能し、併せて大日本帝国やドイツなどの枢軸国との戦闘でも大きな役割を果たした。

1945年8月には、イタリアやドイツなど枢軸国からの亡命科学者の協力を得て完成させた原子爆弾を世界で初めて実戦に使用し、大日本帝国の広島と長崎に投下した。大戦中には日系アメリカ人に対する、いわゆる日系人の強制収容などの自国民に対する人種差別的な政策も行われた。この政策に対しては、後に政府が過ちを認め、大統領が日系アメリカ人に対し正式に謝罪することになる。
posted by ピーナッツ at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 元気もりもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする